SNSを開けば、次から次へと情報が流れてくる。
画像、動画、広告、文字、通知。
現代は、意識していなくても脳が常に大量の情報を処理し続けている
いわば「脳が休まりにくい時代」
そして「色」もまた、脳が処理する情報のひとつ。
そう考えたとき、なぜ今、くすみカラーやニュアンスカラーのような
彩度を抑えた色が好まれているのかが少し理解できた気がした。
「社会の疲労度と、流行色の彩度は反比例するのではないか」
情報が少なかった時代には、鮮やかな色や派手な装飾が刺激として魅力になる。
一方で、すでに大量の刺激にさらされている時代には
さらに刺激を足すよりも、刺激を減らしたものの方が心地よく感じられる。
だから常に脳疲労を起こしている現代では
色数を減らす。
彩度を落とす。
余白を増やす。
装飾を削る。
そんな「情報を減らすデザイン」が支持されやすいのかもしれない。
くすみカラーも、単なる流行色として見るのではなく
情報過多な時代を生きる私たちにとっての「視覚的な保護色」になる
そして、ここから「センスがいい」の正体についても少し見えてくる。
センスがいい人は
「何を足せばおしゃれになるか」だけを考えているのではなく、
今の人は、どれくらいの刺激を心地よいと感じるのか。
そこから逆算して、「何を削るべきか」を判断しているのではないか。
「どの色がおしゃれか」から考えるのではなく
「今の時代は、どれくらいの情報量を求めているのか」から配色を逆算する。
流行色を追いかけるだけではなく
その色がなぜ今の時代に求められているのかを考える。
それも、「センスがいい」をつくるひとつの方法なのではないかと思います。
Story
「センス」を個人の感覚ではなく、時代や人の状態から逆算できるものとして捉えているのが、とても面白いと思いました。
特に「何を足すか」ではなく「何を削るか」という視点にはすごく共感します。
そう考えると、デザインのトレンドも単なる見た目の流行ではなく、その時代の人々が無意識に求めているものが表れているのかもしれませんね。
「社会の疲労度と、流行色の彩度は反比例する」、もっと考えてみたくなるテーマでした。
「疲れているから刺激を避ける」だけではなく、私たちが強い刺激に“慣れすぎた”結果、静かなものの方に新鮮さを感じるようになっている可能性もあるのかなと思いました。
派手な色、短い動画、大きな文字、強いコピー。
あらゆるものが目立とうとする環境では、逆に「何も主張しすぎないもの」の方が目に留まる。
そう考えると、センスとは時代の疲労を読むだけではなく、「みんながやりすぎていること」を察知して、あえて逆に振る力なのかもしれませんね。
tayameさん
ありがとうございます!その時代の人々が無意識に求めているものが表れているのは、その通りだと思います。自分で置き換えて考えると、恋してる時期はピンク大好きだったな…とか、疲れている時期はみどりを無意識に選んでいたな…とか。潜在意識で自分のトレンドも変わってきたなぁ。と思いました。やはりデザインは奥が深いですね
Shotaro Murakamiさん
ありがとうございます!私たちが強い刺激に“慣れすぎた”結果、静かなものの方に新鮮さを感じるようになっている可能性も、おっしゃる通りあると思います。以前、Xで”わざとダサいポスターを作成する戦略”という内容の投稿を見た記憶があります。これも「みんながやりすぎていること」を察知して、あえて逆に振る力に似ているお話しだと感じます。「みんながやりすぎていること」「みんなとは違う攻め方」が戦略になると考えると幅広く設計できる人になりたいと目標ができました。