Story Insight

デザイナーは、もっと視座を低くしてもいい。 AI時代に問い直す、デザインの価値とビジネスへの関わり方。

Designship 2026から考える、デザインとビジネスのこれから|第4回

デザイナーがキャリアを重ねると、アートディレクターやクリエイティブディレクターを目指す。

より大きな仕事を任され、企画や戦略に関わり、組織やプロジェクト全体を俯瞰する。

一般的には、そうした方向がキャリアアップの一つとして考えられています。

しかし、Designship 2026で耳にしたのは、少し違う考え方でした。

「デザイナーは、もっと視座を低くしてもいいのではないか」

CEKAIの井口皓太氏による問題提起です。

AIによって、誰もが画像や動画、Webサイトをつくれるようになりつつある今、デザイナーの価値はどこにあるのでしょうか。

そして、ビジネスに関わるためには、デザイナーは制作の現場から離れ、より上流の仕事を目指すべきなのでしょうか。

今回は、CEKAIの井口氏と、EYストラテジー・アンド・コンサルティングの三部元氏のセッションを手がかりに、AI時代におけるデザインの役割について考えてみたいと思います。

■CEKAI・井口皓太氏|なぜ、デザイナーは上を目指すのか。

デザイナーのキャリアには、ある種の階段があります。

制作を担当するデザイナーから、アートディレクターへ。そして、クリエイティブディレクターへ。

もちろん、こうした役割には、それぞれ重要な専門性があります。

しかし、役割が変わるにつれて、自ら手を動かす時間が減り、制作の方向性を決めることが仕事の中心になる場合もあります。

井口氏のセッションで印象に残ったのは、そうしたキャリアの捉え方に対する問いかけでした。

デザイナーは、もっと視座を低くしてもいいのではないか。

私たちは、この言葉を、単に制作現場にとどまるべきだという意味ではなく、具体的なものづくりや、その細部に向き合うことの価値を見直す提案として受け止めました。

例えば、新しいブランドのコンセプトを検討しているとします。

「親しみやすさ」「信頼感」「革新性」といった言葉で方向性を整理することはできます。

しかし、それらの言葉が具体的にどのような体験を意味するのかは、実際につくってみなければわからないことがあります。

色や文字の組み合わせ。画面の動き。映像の間合い。言葉の選び方。

小さな違いによって、受け手が感じる印象は変わります。

そして、制作の過程で生まれた違和感が、最初に考えていたコンセプトそのものを見直すきっかけになることもあります。

※ブランド開発の例は、考え方を説明するための仮想例です。

つまり、ものづくりは、決められた方針を実現するための作業であると同時に、方針が正しいかどうかを確かめる行為でもあるのです。

AIによって制作のハードルが下がる時代だからこそ、自らつくり、試し、細部から考えることの重要性は、むしろ高まるのかもしれません。

■AIによって「つくる価値」はなくなるのか。

生成AIは、デザインの制作工程を大きく変え始めています。

画像を生成する。動画を制作する。Webサイトの画面を構築する。

以前は専門的な技術と多くの時間を必要としていた作業が、短い時間で実現できるようになっています。

その結果、デザイナーには、制作以外の能力が必要だという議論も増えています。

事業戦略を理解すること。課題を設定すること。経営に関わること。

これらは、確かに重要です。

しかし、だからといって、制作の価値そのものがなくなるわけではないと思います。

AIが短時間で多くの案を生成できるようになれば、むしろ、何を選び、どこを調整し、何を残すのかという判断が重要になります。

例えば、同じ指示から複数のビジュアルが生成されたとしても、それぞれが伝える印象や、利用者に与える体験は異なります。

その違いを見極め、目的に合った表現へと磨き上げるには、観察力や判断力が求められます。

さらに、実際に試すことで、最初の指示では想定していなかった可能性が見つかることもあります。

AIが制作を速くすることと、人が制作を通じて考える必要がなくなることは、同じではありません。

井口氏の問題提起は、AI時代においても、具体的なものづくりを軽視してはいけないという示唆を含んでいるように感じました。

■EYストラテジー・アンド・コンサルティング・三部元氏|デザインは、なぜ最後に呼ばれるのか。

一方、EYストラテジー・アンド・コンサルティングの三部元氏のセッションからは、デザインがビジネスの意思決定にどこまで関われているのかという問題が見えてきました。

企業のプロジェクトでは、事業の方向性やターゲット、サービスの要件が決まった後に、デザイナーが参加することがあります。

「このサービスを使いやすくしてほしい」

「このコンセプトを魅力的に表現してほしい」

こうした依頼そのものが悪いわけではありません。

しかし、そもそもの前提が間違っていた場合、デザインだけで問題を解決することは難しくなります。

例えば、企業が新しいアプリを開発しようとしているとします。

経営会議でターゲットや主要機能が決まり、デザイナーにはUIの制作が依頼されました。

ところが、利用者を調査してみると、そもそもアプリを使う必要性が十分に感じられていないことがわかりました。

この場合、どれほど使いやすい画面をつくっても、サービスが利用されるとは限りません。

本来考えるべきなのは、UIの改善ではなく、提供価値やサービスのあり方そのものかもしれません。

※アプリ開発の例は、問題の構造を説明するための仮想例です。

ここでデザイナーに求められるのは、与えられた要件をそのまま形にすることだけではありません。

「そもそも、その課題設定は正しいのか」と問い直すことです。

しかし、そのためには、デザイナーが企画や事業の検討段階から参加できる環境も必要になります。

完成した仕様を渡され、制作だけを任された後で、事業成果への責任を求められても、変えられることには限界があります。

デザイナー自身がビジネスを理解すること。

そして、企業側もデザインを意思決定に関わる専門性として捉えること。

その両方が必要なのだと思います。

■視座を高くすることと、低くすることは矛盾しない。

ここで、二つのセッションを並べて考えてみたいと思います。

井口氏は、デザイナーがより上位の役割を目指すことだけを成長と捉えず、具体的なものづくりに向き合う価値を問いかけました。

一方、三部氏のセッションからは、デザインが事業の前提や課題設定に関われないことの問題が見えてきました。

一見すると、反対の方向を向いているようにも感じられます。

しかし、私たちは、この二つの考え方は両立すると考えています。

事業の目的を理解し、何を解決すべきかを考える。

同時に、実際に手を動かし、利用者の行動や細部の違和感を確かめる。

そして、現場で得た気づきを、再び事業の意思決定に持ち帰る。

重要なのは、上流か下流かという立ち位置ではなく、抽象的な構想と具体的な実践を行き来できることではないでしょうか。

例えば、経営会議で新しいサービスの方向性を決める場面でも、実際の利用者がどこで迷い、何に困っているのかを理解していれば、判断の質は変わるはずです。

反対に、目の前の画面を改善する際にも、事業全体の目的を理解していれば、単なる見た目の調整にとどまらない提案ができるかもしれません。

デザインをビジネスの意思決定の中心へ置くことは、デザイナーを現場から遠ざけることではありません。

むしろ、現場の具体的な気づきが、事業の意思決定に届くようにすること。

そして、事業の方向性が、具体的なものづくりに反映されるようにすること。

その両方をつなぐことに、デザインの価値があるのだと思います。

デザイナーだけが変わっても、デザインの価値は広がらない。

AI時代のデザイナーには、ビジネスの理解や課題設定の力が必要だと言われます。

私たちも、その方向性には共感します。

しかし、ここにはもう一つ考えるべき問題があります。

それは、デザイナーが事業に関わりたいと考えても、企業側がその役割を期待していなければ、実現は難しいということです。

例えば、企業がデザイナーに依頼する際、制作物の仕様や納期だけを提示しているとします。

その場合、デザイナーは限られた条件の中で、最善の成果物をつくろうとします。

しかし、事業の背景や課題、目指す成果まで共有されていれば、別の提案が生まれるかもしれません。

「この画面をつくる前に、利用者の行動を確認した方がよいのではないか」

「新しい機能を追加するより、既存の体験を改善した方が効果的ではないか」

「そもそも、ターゲットの設定を見直す必要があるのではないか」

こうした提案ができるかどうかは、デザイナーの能力だけで決まるものではありません。

企業が、どこまでデザインを意思決定に参加させるかによっても変わります。

デザイナーには、事業を理解し、課題を問い直す姿勢が求められます。

同時に、企業には、デザイナーがそうした役割を果たせるように、情報や裁量を共有することが求められます。

デザインの価値を広げる責任は、デザイナーだけにあるわけではない。

■AI時代に問われるのは、何をつくれるかだけではない。

AIによって、制作の可能性は大きく広がっています。

これまで専門的な技術が必要だった表現を、より多くの人が試せるようになりました。

それは、デザインに関わる人が増えるという意味でも、前向きな変化だと思います。

一方で、制作が容易になるほど、何をつくるべきかという判断は、より重要になります。

誰の、どのような課題を解決するのか。

その課題設定は正しいのか。

どのような未来を実現したいのか。

そして、つくったものは、本当に価値を生み出したのか。

こうした問いに向き合い続けることが、これからのデザインには欠かせないのではないでしょうか。

井口氏のセッションからは、ものづくりの現場に向き合い続けることの価値を。
三部氏のセッションからは、事業の前提や意思決定に関わることの重要性を。

それぞれ異なる視点から、AI時代のデザインの可能性を考えさせられました。

デザイナーの価値は、上流か下流かという立ち位置ではなく、問いと実践を行き来しながら、よりよい判断を生み出すことにある。

そして、その価値を十分に発揮するためには、デザイナーと企業の双方が、デザインの関わり方を変えていく必要があります。

デザインを、ビジネスの意思決定の中心へ。

AI時代だからこそ、私たちは、その意味を改めて考えていきたいと思います。


参考セッション|Designship 2026

CEKAI|井口 皓太 氏

CEKAIWe create good things. CEKAI is a creative association of people connected through this universal concept.

EYストラテジー・アンド・コンサルティング|三部 元 氏

EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社は、戦略的なトランザクション支援を提供する「ストラテジー・アンド・トランザクション」と、変化の激しいデジタル時代にビジネスの変革を推進する「コンサルティング」の二つのサービスラインを担うEYのメンバーファームです。

Designship 2026 公式サイト

Designship 2026 | 日本のデザインを接続する、年に一度のデザインカンファレンス「Designship 2026」は、2026年10月10日・10月11日に東京ミッドタウンで開催されます。各分野の第一線で活躍するデザイナーが知見と想いを交わす日本最大級のデザインカンファレンスをお楽しみに。


※本記事はDesignship 2026のセッションに関する取材メモをもとに、FeatU独自の考察を加えて構成しています。本文中の事例は説明のための仮想例であり、登壇企業で実施された具体的な施策を示すものではありません。

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