「誰もが使いやすいデザインをつくる」
この考え方に、異論を唱える人は少ないのではないでしょうか。
しかし、ここで一つの疑問が生まれます。
その「誰もが」は、いったい誰が決めているのでしょうか。
企業が製品やサービスを開発するとき、ユーザーのニーズを調査し、課題を見つけ、解決策を考えます。
ごく当たり前のプロセスです。
でも、その調査対象に含まれていない人がいるとしたら。
その人たちが抱える課題は、最初から見落とされてしまうかもしれません。
2026年10月に開催されたDesignship 2026で、PLAYWORKS株式会社の代表・タキザワケイタ氏にお会いする機会がありました。
会場には、視覚に障害のある方の移動をサポートする、ピンク色の「ココテープ」が設置されていました。
私自身も、視界を制限する体験用の眼鏡をかけ、実際にココテープを体験させていただきました。
一見すると、シンプルな一本のテープです。
しかし、その体験は、普段あまり意識することのない「移動する」という行為を、改めて考えるきっかけになりました。
今回は、タキザワさんとPLAYWORKSの取り組みを手がかりに、インクルーシブデザインは、社会への配慮にとどまらず、ビジネスや街づくりにどのような価値を生み出せるのか。
そんな問いについて考えてみたいと思います。
■そもそもインクルーシブデザインとは何か?
「インクルーシブデザイン」という言葉を、初めて聞く方もいるかもしれません。
インクルーシブ(Inclusive)には、「包み込む」「排除しない」といった意味があります。
インクルーシブデザインとは、障害のある方や高齢者など、従来の製品やサービスの開発から十分に参加できていなかった人たちを、企画や開発の初期段階から迎え、ともに価値を生み出していくデザインの考え方です。
ここで整理したいのが、「ユニバーサルデザイン」との違いです。
ユニバーサルデザインは、年齢や障害の有無などにかかわらず、できるだけ多くの人が利用しやすいものを目指す考え方です。
一方、インクルーシブデザインでは、誰がデザインのプロセスに参加し、誰と一緒につくるのかという点を重視します。
例えば、車椅子を利用する方も使いやすい建物を設計する。
これは、ユニバーサルデザインの考え方につながります。
では、その建物を企画する段階から車椅子を利用する方にも参加してもらい、何が必要なのかを一緒に考えるとしたらどうでしょうか。
入口の段差をなくすことだけでなく、館内の移動、設備の使いやすさ、そこでどのように過ごしたいかなど、これまで気づかなかった視点が生まれるかもしれません。
つまり、両者は対立するものではありません。
多くの人が使いやすいものを目指すことと、多様な人と一緒につくることは、互いを補い合う関係にあります。
「誰かのためにつくる」から「誰かとともにつくる」へ。
この転換こそが、インクルーシブデザインを理解するうえで大切なポイントなのです。
■「支援される人」から「ともにつくる人」へ
PLAYWORKS株式会社は、障害のある方など、多様なリードユーザーとの共創を通じて、新規事業やサービス、製品開発、人材育成、組織開発などを支援するインクルーシブデザイン・コンサルティングファームです。
代表を務めるタキザワケイタ氏は、設計事務所、企画会社、広告代理店などを経て、2020年に同社を設立しました。
同社が実践するインクルーシブデザインの中心にあるのが、「リードユーザー」という考え方です。
リードユーザーとは、独自の経験や工夫、課題への深い理解を持ち、企業やデザイナーとともに新しい価値を考えるパートナーです。
例えば、視覚に障害のある方は、視覚情報に頼らずに日常生活を送るため、さまざまな工夫を重ねていることがあります。
車椅子を利用する方は、街の段差や傾斜、施設の使いやすさについて、日々の移動を通じて多くの知見を持っています。
こうした経験は、単なる不便さの記録ではありません。
既存の製品やサービスの前提を問い直す、重要な知見にもなり得ます。
ただし、障害のある方であれば誰もが同じ視点を持っているわけではありません。暮らし方や経験は人によって異なり、開発するテーマに合った知見を持つ人と協働することが重要です。
PLAYWORKSでは、リードユーザーと企業がともに課題を発見し、アイデアを考え、試作や検証を進めていきます。
ここには、従来のユーザー調査との重要な違いがあります。
ユーザーに完成品を評価してもらうだけではなく、何をつくるべきなのかという段階から、ユーザー自身が価値創造に参加するのです。
製品を開発する側と、それを使う側。
その関係を見直すことが、新たな価値を生み出す出発点になるのかもしれません。
一本のテープが、移動の当たり前を変える
インクルーシブデザインの考え方を具体的に示す製品の一つが、視覚障害者歩行テープ「ココテープ」です。
ココテープは、ゴムメーカーの錦城護謨株式会社とPLAYWORKS株式会社が共同で企画・開発した製品です。
視覚に障害のある方の移動を支える仕組みとして、私たちがよく知っているのが「点字ブロック」です。
駅や歩道、公共施設など、さまざまな場所に設置されています。
しかし、点字ブロックを新たに設置するには工事や費用が必要であり、すべての場所に整備されているわけではありません。
では、点字ブロックがない場所では、どうすればよいのでしょうか。
その問いに、一つの新しい選択肢を示したのが、ココテープです。
ココテープとは?
ココテープは、視覚に障害のある方の移動をサポートする、屋内専用の歩行ガイドです。
特徴は、そのシンプルな構造にあります。
テープの幅は48mm。両側には高さ6mmの立体的な突起があり、白杖や足裏で触れることで、通常の床面との違いや進む方向を感じ取ることができます。
裏面には粘着テープが付いており、必要な長さに切って床面に貼ることができます。
長い距離の誘導に適したロールタイプと、特定の場所を示すバータイプがあり、用途に合わせて使い分けることができます。
例えば、オフィスの入口から会議室までの移動。
ホテルの客室内での動線。
イベント会場での受付や座席への誘導。
こうした場所に、必要なときだけ歩行ガイドを用意できるのです。
ここで注目したいのは、「移動を支える設備は、あらかじめ設置されているもの」という前提を問い直したことです。
もちろん、設置には施設側の許可や安全性への配慮が必要ですし、従来の点字ブロックをすべて置き換えるものではありません。
それでも、必要な場所に必要なときだけ設置できるという柔軟性は、移動を支える新しい選択肢になります。
これは単なる製品の改良ではありません。
課題の捉え方を変えることで、解決策そのものを変えたデザインなのです。
■実際に体験してわかった、シンプルなデザインの力
2026年10月に開催されたDesignship 2026では、会場に200mのピンク色のココテープが設置されました。
私たちも自身も会場で、視覚制限を疑似体験する眼鏡をかけ、ココテープを体験させていただきました。
実際に体験してみると、進む方向がとてもわかりやすかったことが印象に残っています。
特別に複雑な設備ではありません。
床に設置された一本のテープが、移動するための手がかりになる。
そのシンプルさに、デザインの力を感じました。
もちろん、短時間の疑似体験だけで、視覚に障害のある方が日常的に感じている困難を理解できるわけではありません。
視覚障害といっても、その見え方や生活環境、必要とする支援は一人ひとり異なります。
それでも、普段とは違う条件で製品を使ってみることで、これまで意識していなかった移動の課題に気づくきっかけになりました。
そして、改めて感じたのは、優れたデザインは、必ずしも複雑な仕組みを必要としないということです。
わずかな工夫によって、これまで難しかった行動を支えることができる。
ココテープの体験は、見た目の美しさや機能の多さだけでは測れない、デザインの価値を考える機会になりました。
「行けない」を「行ってみよう」に変える
ココテープの価値は、移動をサポートすることだけにあるのでしょうか。
例えば、移動への不安から、行きたい場所に行くことを諦めてしまう人がいるとします。
イベントに参加したい。
美術館に行きたい。
友人と出かけたい。
そうした気持ちがあっても、移動のしづらさが行動の障壁になってしまうことがあります。
しかし、移動をサポートする仕組みが整っていれば、参加するという選択肢が生まれるかもしれません。
ここには、単なる移動支援を超えた価値があります。
ココテープが支えているのは、移動という行動だけでなく、その先にある体験や社会参加の機会でもあるのです。
製品の価値を「何ができるか」だけでなく、「それによって何が可能になるか」から考える。
ココテープは、そんなデザインのあり方を示しているのではないでしょうか。
■インクルーシブデザインは、街づくりにも必要ではないか
ココテープの体験を通じて、もう一つ考えたことがあります。
それは、インクルーシブデザインの考え方は、製品やサービスだけでなく、街づくりにも必要なのではないかということです。
例えば、駅から公共施設までの道のりを考えてみます。
普段、何気なく歩いている人にとっては、特に不便を感じない道かもしれません。
しかし、車椅子を利用する方にとっては、わずかな段差や傾斜が移動の負担になることがあります。
視覚に障害のある方にとっては、進行方向を確認するための情報が足りないかもしれません。
ベビーカーを押している方にとっては、エレベーターの場所や歩道の幅が重要になるでしょう。
高齢者にとっては、途中で休憩できる場所があるかどうかも大切です。
同じ街でも、誰が利用するかによって、見えている課題は異なります。
では、街づくりの計画段階から、こうしたさまざまな立場の人たちが参加するとしたら、どうでしょうか。
道路や建物の配置だけでなく、移動のしやすさ、情報の伝わり方、休憩できる場所、安心して参加できる活動など、検討すべきことが変わってくるかもしれません。
街の価値は、建物や空間がどれだけ美しいかだけではなく、そこで誰が、どのような体験をできるかによっても決まるはずです。
日本でも、国土交通省はバリアフリーのまちづくりにおいて、高齢者や障害のある方など、当事者が計画づくりに参加することの重要性を示しています。
ただし、インクルーシブデザインは、設備のバリアをなくすことだけが目的ではありません。
その街で、誰が買い物を楽しめるのか。
誰が働き、学び、交流できるのか。
誰がイベントに参加し、自分らしい時間を過ごせるのか。
そんな街全体の体験にまで目を向けることができます。
ここで、ココテープの価値をもう一度考えてみます。
一本のテープは、移動するための道しるべになります。
しかし、その道の先には、誰かとの出会いや、新しい体験があるかもしれません。
これまで参加を諦めていたイベントに行けるようになるかもしれません。
そう考えると、移動しやすい環境をつくることは、社会に参加できる機会を増やすことにもつながります。
もちろん、一本のテープですべての課題が解決するわけではありません。
だからこそ、製品、建築、都市計画、サービス、そして人々の意識まで、さまざまな領域を横断して考える必要があります。
インクルーシブデザインは、特定の人だけのための特別な取り組みではありません。
これまで見落としていた視点を取り入れ、誰もが参加しやすい社会を考えるためのアプローチでもあります。
そして、それを実現するには、デザイナーだけでなく、企業や行政、地域住民など、多様な立場の人が意思決定に関わることが重要なのではないでしょうか。
■インクルーシブデザインは、社会貢献か、事業戦略か
インクルーシブデザインは、福祉や社会貢献の文脈で語られることが多くあります。
もちろん、誰もが社会に参加しやすい環境を整えることは、それ自体が重要な目的です。
しかし、企業の視点から考えたとき、そこにはもう一つの可能性があります。
それは、これまで見えていなかった市場や事業機会を発見できることです。
例えば、片手で操作できる製品。
その価値は、上肢に障害のある方だけでなく、子どもを抱いている人や、荷物で片手がふさがっている人にも広がる可能性があります。
あるいは、音声だけに依存しない情報提供。
聴覚に障害のある方だけでなく、騒がしい場所にいる人や、音を出せない環境で利用する人にも役立つでしょう。
特定の人が直面する課題を深く理解することが、結果として、より多くの人にとっての価値につながる。
そこには、平均的なユーザー像を前提とする市場調査だけでは発見しにくいニーズが存在するかもしれません。
PLAYWORKSが、新規事業や製品開発だけでなく、人材育成や組織開発まで支援していることも興味深い点です。
多様な視点を開発プロセスに取り入れるためには、個々の製品を変えるだけでは十分ではありません。
企業の中で、誰の意見を聞くのか。
誰が意思決定に参加するのか。
どのような基準で価値を判断するのか。
そうした組織の仕組みにまで目を向ける必要があります。
つまり、インクルーシブデザインは、社会的な課題を解決する手法であると同時に、企業の価値創造のあり方を見直すきっかけにもなり得るのです。
ただし、当事者との共創が、そのまま事業の成功を保証するわけではありません。
発見した課題を、どのような製品やサービスに変えるのか。
誰に、どのように届けるのか。
そして、持続可能な事業として成立させられるのか。
こうした問いに向き合うこともまた、デザインとビジネスを結びつけるうえで欠かせません。
■AI時代だからこそ、「問い」をデザインする
生成AIの進化によって、製品やサービスのアイデアを生み出し、画面を設計し、プロトタイプを制作することは、以前よりも容易になっています。
しかし、制作できるものが増えるほど、別の問いが重要になります。
そもそも、何をつくるべきなのでしょうか。
どのような課題が存在するのか。
それは誰にとっての課題なのか。
そして、その課題を解決することに、どのような価値があるのか。
タキザワケイタ氏はDesignship 2026において、「AI時代のインクルーシブデザイン:リードユーザーの『問い』から生まれるイノベーション」をテーマに登壇しました。
このテーマは、これからのデザインとビジネスの関係を考えるうえでも示唆的です。
AIは、与えられた課題に対する解決案を数多く生成できます。
しかし、そもそも見落とされている課題や、調査対象に含まれていない人の経験まで、必ずしも把握できるわけではありません。
どれだけ優れた技術があっても、最初に設定した問いが狭ければ、生まれる答えもその範囲にとどまってしまいます。
だからこそ、異なる経験や価値観を持つ人とともに、問いそのものを見直すことに意味があります。
AIによって制作の効率が高まる時代だからこそ、人が誰と向き合い、何を課題として捉えるのか。
その重要性は、むしろ高まっていくのではないでしょうか。
デザインの価値は、完成したモノだけでは測れない
デザインの成果は、しばしば完成した製品やサービスによって評価されます。
美しいか。
使いやすいか。
売上につながったか。
もちろん、どれも重要な評価軸です。
しかし、今回の取り組みを通じて考えたいのは、それだけではありません。
誰が価値を定義し、誰がその価値づくりに参加できたのか。
そこにも、デザインの重要な役割があるのではないでしょうか。
これまで開発の中心にいなかった人の視点が加わることで、課題の捉え方が変わります。
課題の捉え方が変われば、生まれる解決策も変わります。
そして、それが新しい製品やサービス、さらには新たな事業機会につながっていきます。
インクルーシブデザインが示すのは、単に多くの人に使いやすいものをつくる方法ではありません。
価値を生み出すプロセスそのものを、より開かれたものに変えていく可能性です。
デザインは、誰かのために行うものなのでしょうか。
それとも、誰かとともに未来をつくるものなのでしょうか。
PLAYWORKSの取り組みは、その問いを私たちに投げかけています。
デザインをビジネスの意思決定の中心に置くとは、完成した成果物を評価することだけではありません。
誰の声に耳を傾け、何を価値として捉え、どのような未来を選択するのか。
その意思決定の過程にこそ、デザインの力が必要なのではないでしょうか。
インクルーシブデザインは、誰かに優しくするためだけのデザインではありません。
誰が社会やビジネスの未来をつくるのか。その意思決定のあり方を変えるデザインでもあるのです。
タキザワケイタさんの取り組み、本当に素晴らしいですね!
特に印象的だったのは、インクルーシブデザインを単なる社会課題への配慮としてではなく、新しい価値を生み出すための考え方として実践されていることです。
「誰かのために」ではなく「誰かとともに」つくる。その姿勢こそ、これからのデザインに求められるものだと感じました。
こうした取り組みが、プロダクトだけでなく、ビジネスや街づくりにも広がっていくと素敵ですね!
これからの活動にも注目しています!