Designship 2026から考える、デザインとビジネスのこれから|第3回
行政サービスのデジタル化が進んでいます。
オンライン申請、電子証明書、各種手続きのデジタル化。これまで窓口に行かなければできなかったことが、自宅からできるようになりつつあります。
しかし、手続きがオンラインになっただけで、行政サービスは本当に使いやすくなったのでしょうか。
申請画面に専門用語が並んでいたら。必要な書類がどこにあるのかわからなかったら。そもそも、自分が支援制度の対象者であることを知らなかったら。
サービスが存在していても、必要な人に届かないことがあります。
行政サービスにおける使いにくさは、単なる不便さではなく、必要な制度や支援にアクセスできないという問題につながりかねません。
Designship 2026では、デジタル庁の鈴木伸緒氏と、印西市役所/Code for Japanの林敬子氏が、それぞれ異なる立場から行政とデザインの関係について語りました。
今回は、二人のセッションを手がかりに、行政サービスにデザインが関わる意味を考えてみたいと思います。
民間サービスと行政サービスでは、何が違うのか。
民間企業では、特定の顧客層に向けてサービスを設計することがあります。
例えば、20代のビジネスパーソンを主な利用者とするサービスであれば、その層の利用環境や行動に合わせて機能を最適化できます。
もちろん、民間サービスにもアクセシビリティや公平性への配慮は必要です。
一方、行政サービスは、幅広い住民を対象に提供されます。
高齢者、外国籍の住民、障害のある人、デジタル機器の操作に慣れていない人。仕事や育児、介護によって、平日の窓口に行くことが難しい人もいます。
同じ自治体に住んでいても、置かれている状況はさまざまです。
そして、行政サービスの多くは、生活を支える制度と直接つながっています。
例えば、子育て支援の申請が難しければ、必要な給付を受けるまでに時間がかかるかもしれません。生活支援制度の案内がわかりにくければ、本来利用できる人が制度の存在に気づかないかもしれません。
つまり、行政サービスのデザインでは、利用者の満足度だけでなく、必要な人が必要な支援にたどり着けるかどうかが重要になるのです。
デジタル庁・鈴木伸緒氏|肩書きを越えて、行政の変革に関わる。
デジタル庁の鈴木伸緒氏は、「肩書きを捨てて、ともに泥水をすすれるか」というテーマで登壇しました。
このタイトルからも伝わってくるのは、行政のデザインが、専門家として優れた提案をするだけでは成立しないという問題意識です。
行政サービスには、法律や制度、既存の業務、複数の組織にまたがる意思決定など、さまざまな制約があります。
例えば、申請画面の入力項目を減らしたいと考えたとします。
利用者にとっては、入力項目が少ない方が便利です。しかし、その項目が法律上必要な情報なのか、審査業務で利用されているのか、別のシステムとの連携に必要なのかによって、対応は変わります。
画面の設計だけを担当していても、こうした問題は解決できません。
制度を所管する担当者、業務を運用する職員、システムを開発するエンジニアなど、異なる専門性を持つ人たちとともに考える必要があります。
場合によっては、画面を変更する前に、業務手順や情報の管理方法を見直すことが必要かもしれません。
※入力項目の例は、行政サービスの構造を説明するための仮想例です。
ここで重要なのは、デザイナーが行政の専門家に代わって制度を決めることではありません。
利用者の視点を持ち込みながら、制度や業務の専門家とともに、実現可能な解決策を探ることです。
デザインの専門性を持ちながら、デザイナーという肩書きだけに閉じない。
鈴木氏のセッションは、行政の変革に関わるための姿勢を考えさせるものでした。
印西市役所/Code for Japan・林敬子氏|住民の生活から、行政の仕事を捉え直す。
印西市役所/Code for Japanの林敬子氏は、「私がなぜ『行政』に惹かれ続けるのか」というテーマで登壇しました。
国の行政機関であるデジタル庁とは異なり、自治体は住民の暮らしに近い場所でサービスを提供しています。
出生、転入、子育て、介護、福祉。住民の生活に変化が生じたとき、その多くが自治体の手続きと関わります。
しかし、行政の組織や業務は、必ずしも住民の生活に沿って設計されているわけではありません。
例えば、転入手続きを考えてみます。
住民にとっては「新しい街で生活を始める」という一つの出来事です。
ところが、行政側では住所変更、健康保険、子育て、学校など、複数の部署にまたがる手続きが必要になることがあります。
住民は、それぞれの制度を理解し、必要な窓口や書類を探さなければなりません。
ここで、住民の生活を起点として手続きを整理できたらどうでしょうか。
家族構成や生活状況に応じて必要な手続きを案内する。部署ごとに同じ情報を何度も記入しなくて済むようにする。手続きの進捗がわかるようにする。
そうした改善は、住民の負担を減らすだけでなく、職員の説明や確認、書類の差し戻しといった業務の削減にもつながる可能性があります。
※転入手続きと改善策は、自治体におけるデザインの可能性を説明するための仮想例であり、印西市で実施された施策を示すものではありません。
ここから考えたいのは、住民の体験と行政職員の業務を、別々の問題として扱わないことです。
住民が迷う場所には、行政の業務や情報の構造に原因があるかもしれません。
反対に、職員が日々苦労している業務の中には、住民の体験を改善するヒントが隠れているかもしれません。
行政の内部にいるからこそ見える課題と、生活者の視点から見える課題。その両方を結びつけることが、自治体におけるデザインの重要な役割だと考えます。
行政サービスの価値は、画面の外まで含めて考える。
デジタル庁の鈴木氏と、印西市の林氏。
二人の立場は異なりますが、セッションを通じて考えさせられたことには共通点があります。
それは、デザインを画面や制作物の範囲に閉じず、制度や業務、組織、人の行動まで含めて捉えることです。
行政サービスを改善する際、私たちは少なくとも三つの段階を考える必要があると思います。
① 制度を知ることができるか。
どれほど使いやすい申請画面をつくっても、制度の存在を知らなければ利用できません。
必要な人に情報が届いているか。対象者が、自分に関係のある制度だと気づけるか。
ここには、情報発信や案内のデザインが関わります。
② 自分で判断し、申請できるか。
制度を知っていても、対象要件や必要書類が理解できなければ、手続きは進みません。
専門用語を生活者の言葉に置き換える。回答内容に応じて必要な手続きを案内する。入力の負担を減らす。
ここには、情報設計やUI・UXデザインが関わります。
③ 必要な支援を受けられるか。
申請が完了しても、確認や審査に時間がかかりすぎれば、必要なタイミングで支援を受けられない可能性があります。
申請後の状況がわからなければ、不安を感じる人もいるでしょう。
ここには、業務プロセスや組織間連携、サービス全体の設計が関わります。
知る、申請する、支援を受ける。
この一連の体験を通じて、初めて行政サービスの価値が住民に届くのです。
「誰でも使える」は、本当に誰でも使えるのか。
行政サービスのデジタル化では、「誰でも簡単に使える」という言葉がよく使われます。
しかし、私たちは、この「誰でも」という言葉を慎重に考える必要があると思います。
スマートフォンを持っている人。日本語の読み書きができる人。自分で必要な情報を調べられる人。
そうした利用者を前提にしたサービスは、必ずしもすべての人にとって使いやすいとは限りません。
例えば、オンライン申請が難しい人に対しては、窓口や電話による支援が必要かもしれません。
視覚に障害のある人に対しては、スクリーンリーダーで操作できることが重要になります。
日本語に不慣れな人に対しては、やさしい日本語や多言語での案内が役立つでしょう。
ただし、すべての人に同じ体験を提供することが、必ずしも公平とは限りません。
必要な支援や利用方法が異なるからこそ、複数の選択肢を用意することが重要になる場合もあります。
公平なサービスとは、全員に同じ操作を求めることではなく、それぞれの状況に応じて必要なサービスへたどり着けること。
行政におけるデザインでは、こうした視点が欠かせないと考えています。
行政にデザインが関わることは、意思決定のあり方を変えること。
行政サービスの改善では、利用者の声を聞き、わかりやすい画面をつくることも大切です。
しかし、それだけでは変えられないことがあります。
制度上の制約、部署間の役割分担、予算、既存システム、業務の慣習。
こうした問題に向き合うには、デザイナーだけでなく、行政職員やエンジニア、制度の専門家が協働する必要があります。
そして、利用者にとって何が本当に必要なのかを、組織の意思決定に反映させていくことが重要です。
鈴木氏のセッションからは、専門性や肩書きを越えて変革に関わる姿勢を。
林氏のセッションからは、住民の暮らしに近い現場で、行政の可能性を考え続ける視点を。
それぞれ異なる立場から、デザインが行政に関わる意味を考えさせられました。
デザインは、行政サービスを見やすく、使いやすくするだけのものではありません。
必要な人に必要な支援を届けるために、制度と生活者の間にある距離を縮めること。
そして、そのための判断を、異なる専門性を持つ人たちとともに行うこと。
そこに、公共サービスにおけるデザインの可能性があるのではないでしょうか。
FeatUは、デザインがビジネスの意思決定の中心に関わることを目指しています。
その考え方は、企業だけに限られるものではないと思います。
行政や社会の仕組みを考える場面でも、デザインの視点がもっと自然に取り入れられるようになること。
参考セッション|Designship 2026
デジタル庁|鈴木 伸緒 氏
「肩書きを捨てて、ともに泥水をすすれるか」
デジタル庁デジタル庁は、デジタル社会形成の司令塔として、未来志向のDX(デジタル・トランスフォーメーション)を大胆に推進し、デジタル時代の官民のインフラを一気呵成に作り上げることを目指します。印西市役所/Code for Japan|林 敬子 氏
「私がなぜ『行政』に惹かれ続けるのか」
印西市ホームページ印西市役所の公式ホームページです。施設や行政サービスの案内、市の歴史と文化財の紹介。
Designship 2026 公式サイト
Designship 2026 | 日本のデザインを接続する、年に一度のデザインカンファレンス「Designship 2026」は、2026年10月10日・10月11日に東京ミッドタウンで開催されます。各分野の第一線で活躍するデザイナーが知見と想いを交わす日本最大級のデザインカンファレンスをお楽しみに。
※本記事はDesignship 2026のセッション情報および取材メモをもとに、FeatU独自の考察を加えて構成しています。本文中の申請・窓口業務の事例は、行政サービスの課題を説明するための仮想例であり、登壇組織で実施された具体的な施策を示すものではありません。