人口減少、少子高齢化、若者の都市部への流出。
地方自治体が直面する課題は、ますます複雑になっています。
こうした問題に対応するため、自治体では移住促進、子育て支援、地域産業の振興など、さまざまな施策が検討されています。
しかし、ここで一つの問いがあります。
行政が「地域に必要だ」と考えた施策は、本当に住民が求めているものなのでしょうか。
今回注目するのは、事業共創を手がける株式会社Relicが、岩手県盛岡広域振興局から受託した人口減少対策支援事業です。
2026年11月2日、同社は岩手県内5自治体を対象とした支援の完了を発表しました。
特徴的なのは、外部の専門家が行政に施策を提案するのではなく、自治体職員自身が住民の声を聞き、課題を検証し、事業案と予算計画まで考えるプロセスを導入したことです。
ここには、デザイン思考に通じる重要な考え方があります。
■ まず解決策ではなく「誰の課題か」を考える
今回、Relicは八幡平市・雫石町・紫波町の3自治体を対象に、2026年4月から9月まで全6回の研修・ワークショップを実施しました。
最初に取り組んだのは、地域課題の構造化と対象者の選定です。
例えば「若者の人口流出」という課題があったとしても、その原因や必要な支援は一つとは限りません。
就業機会の不足なのか、子育て環境への不安なのか、生活の利便性なのか。
さらに、学生、子育て世帯、転職を考える人など、対象者によって求める価値は異なります。
※これは課題設定を説明するための仮の例であり、今回の自治体が実際に検討した個別施策ではありません。
重要なのは、最初から「移住支援制度をつくろう」と解決策を決めてしまわないことです。
まず地域の問題を整理し、誰のどのような課題に向き合うべきなのかを考える。
そのうえで、既存の行政施策や民間サービスを調査し、現在の解決策では何が十分でないのかを検討します。
「何を実施するか」の前に、「誰の何を解決するか」を明確にする。
これはデザイン思考における、課題を定義するプロセスに通じています。
■ 職員自身が住民に会い、課題の仮説を検証する
次に取り組んだのが、住民への定性調査です。
今回のプログラムでは、職員自身がインタビュー対象者を設定し、質問内容を設計しました。
そして実際に住民のもとへ足を運び、デプスインタビューを実施しています。
デプスインタビューとは、対象者と一対一で深く対話し、行動や考え方、その背景にある理由を探る調査手法です。
アンケートで選択肢への回答を集めるだけでは見えにくい、生活上の困りごとや意思決定の背景を理解することに役立ちます。
今回の取り組みでは、当初設定した課題仮説と、住民が実際に感じている課題の間にズレが確認されたといいます。
職員はインタビュー結果を分析し、そのズレを踏まえて仮説を修正しました。
ここが、今回の事例における重要なポイントです。
住民の声を聞くこと自体が目的なのではありません。
自分たちが正しいと考えていた課題設定を、実際のユーザー理解に基づいて見直すこと。
これは、デザイン思考の中心にあるユーザー起点の考え方と重なります。
■ 調査結果を、実行可能な事業案に変える
住民の声を集めた後は、その結果を踏まえて解決策を検討します。
Relicのプログラムでは、インタビュー結果をもとに事業案を策定するだけでなく、職員自身が支出を試算し、必要予算まで考える仕組みを取り入れました。
ここにも注目したいポイントがあります。
デザイン思考を活用したワークショップでは、多くのアイデアが生まれても、それが実際の事業につながらないことがあります。
しかし、行政の施策は、アイデアが優れているだけでは実現できません。
誰を対象にするのか。
どのような支援を提供するのか。
実施にいくら必要なのか。
何をもって成果と判断するのか。
こうした条件を具体化し、予算や実行体制を検討する必要があります。
今回の支援では、すでに事業案の検討が進んでいた葛巻町・岩手町の2自治体に対しても、月次のメンタリングを実施しました。
対象者の範囲、住民アンケートの設問、施策実施後の効果測定指標などを整理し、事業案の実現可能性を高めるための支援を行っています。
ユーザー理解から生まれたアイデアを、実際の予算・施策の意思決定までつなげる。
この一連のプロセスに、今回の取り組みの特徴があると考えます。
なお、3自治体の事業案は2027年度の予算化に向けて検討される予定であり、現時点で予算成立や施策の効果が確認されたわけではありません。
■ デザイン思考を「一度きりの手法」で終わらせない
もう一つ、今回の事例で見逃せないのが人材育成の視点です。
Relicが目指したのは、今回の人口減少対策の事業案をつくることだけではありません。
支援終了後も、自治体職員が自ら課題を発見し、調査し、事業を構想できる状態を目指しています。
つまり、外部の専門家が答えを提供するのではなく、自治体の中に事業開発の方法を根づかせようとしているのです。
これは企業におけるデザイン経営にも通じる考え方です。
優れたデザイナーに一度だけ依頼して、良いサービスをつくる。
それも重要ですが、組織として継続的に顧客を理解し、新しい価値を生み出せるようになることには、また別の意味があります。
デザイン思考を特定の専門家のスキルにとどめず、組織の共通の方法論として活用する。
今回のRelicの取り組みは、その実践例として捉えることができます。
■ 考察:デザイン思考の価値は、意思決定の前提を変えること
今回の事例から考えたいのは、デザイン思考がビジネスや行政にもたらす本質的な価値です。
デザイン思考というと、付箋を使ったワークショップや、自由なアイデア発想をイメージする人もいるかもしれません。
しかし、重要なのは手法そのものではありません。
自分たちが設定した課題は、本当に正しいのか。
対象者が実際に困っていることは何か。
考えた解決策は、その課題に応えられるのか。
こうした問いを、具体的な調査と検証によって確かめていくことです。
今回のRelicの支援では、地域課題の整理から始まり、対象者の選定、住民インタビュー、仮説の修正、事業案の策定、予算計画の検討までが一つのプロセスとして設計されていました。
この流れは、民間企業の新規事業開発にも応用できるでしょう。
例えば、経営会議で新サービスへの投資を決める前に、顧客が本当に抱えている課題を確かめる。
あるいは、既存サービスの改善方針を決める前に、利用者の行動や不満の背景を調査する。
デザイン思考の価値は、単に新しいアイデアを生み出すことではなく、より確かな根拠を持って意思決定できるようにすることにあるのではないでしょうか。
そして、デザインをビジネスの意思決定の中心へと近づけるには、こうしたプロセスを組織の日常的な活動に取り入れることが重要です。
人口減少という複雑な社会課題に対しても、まず住民を理解することから始める。
Relicの取り組みは、デザインの考え方が行政や事業づくりにも活用できる可能性を示しています。
あなたの組織では、解決策を決める前に、解くべき課題を十分に検証できていますか?
出典:株式会社Relic(2026年11月2日)
岩手県盛岡広域振興局の人口減少対策支援事業を完了。5自治体の事業案づくりを伴走、3自治体が住民の声をもとに予算化を検討 | 株式会社RelicRelicでは、日本企業の新規事業開発やイノベーション創出を支援するための事業やサービス・ソリューションを様々なアプローチで展開しています。