Designship 2026から考える、デザインとビジネスのこれから|第1回
顧客向けのアプリを使いやすくした。Webサイトの導線を改善した。問い合わせもオンライで完結できるようになった。
それなのに、顧客からの問い合わせは減らず、対応にも時間がかかる。
なぜでしょうか。
原因は、顧客が触れる画面ではなく、その裏側にある業務に潜んでいるのかもしれません。
Designship 2026では、SOMPOホールディングスとJIDA(日本インダストリアルデザイン協会)のセッションを通じて、デザインが業務や組織の仕組みにまで関わる可能性について考えさせられました。
今回は、BPR(業務プロセス再設計)を、単なる業務効率化ではなく、顧客価値とビジネスの成長を生み出す取り組みとして考えてみたいと思います。
顧客体験を決めているのは、画面だけではない。
例えば、保険会社の事故受付を考えてみます。
顧客がスマートフォンから事故を報告すると、その情報は社内の担当部署へ送られます。
しかし、受付システムと保険金支払システムが連携していなければ、担当者は情報を転記する必要があります。
さらに、確認事項が別部署にまたがれば、メールやExcelによる情報の受け渡しが発生します。
その結果、顧客が入力に要した時間はわずか数分でも、実際の対応には数日かかることがあります。
これは説明のための仮想例ですが、顧客体験を考えるうえで重要な構造を示しています。
SOMPOホールディングスのセッションでは、事故調査の現場を対象に、早く、正しく、安心を届けるためのデザインの取り組みが紹介されました。
ここから見えてくるのは、顧客体験(CX)と従業員体験(EX)が密接につながっているということです。
従業員が複雑なシステムを使い、何度も情報を確認しなければならない環境では、顧客への対応にも影響が生じます。
つまり、顧客にとって使いやすいサービスをつくるだけでなく、従業員が価値を届けやすい業務をつくることも、顧客体験のデザインなのです。
なぜ、Excelのバケツリレーはなくならないのか。
JIDAの村田智明氏のセッションでは、日本企業に残る「エクセル・バケツリレー」や意思決定の遅さが問題として取り上げられていました。
この問題は、単にExcelを使っていることではありません。
例えば、営業部門が顧客情報を管理し、契約部門が契約情報を管理し、経理部門が売上情報を管理している企業を考えてみます。
それぞれの部門では、業務に適したシステムが導入されているかもしれません。
しかし、顧客IDや契約番号などの管理方法が統一されていなければ、部門をまたぐたびに情報の照合や加工が必要になります。
そこで、Excelによるデータの突合や転記が発生します。
このとき、RPAやAIを導入して転記を自動化することは、一つの改善策です。
ただし、それだけでは根本的な問題が残る可能性があります。
なぜ、同じ情報を複数のシステムで管理しているのか。
なぜ、部門ごとに異なる管理項目が必要なのか。
そもそも、すべての承認や確認は必要なのか。
作業を自動化する前に、業務の構造そのものを問い直す。
ここに、BPRの重要性があります。
BPRは、どこから始めるべきなのか。
私たちは、BPRを進める際に、業務フローを描くだけでは不十分だと考えています。
例えば、問い合わせ対応に時間がかかっている場合、単に処理時間を測定するだけでは、何を変えるべきか判断できません。
重要なのは、顧客に価値が届くまでの流れを、部門を横断して把握することです。
具体的には、次のような順番が考えられます。
① 顧客に提供したい価値を定義する
問い合わせへの回答時間を短くしたいのか。回答の正確性を高めたいのか。それとも、そもそも問い合わせが発生しないサービスを目指すのか。
目的によって、見直すべき業務は変わります。
② 業務の実態を観察する
業務マニュアルだけではなく、担当者が実際にどのような操作や判断を行っているのかを確認します。
特に、Excelへの転記、二重入力、手戻り、例外処理、承認待ちなどに注目します。
③ 業務の必要性を問い直す
すべての作業を効率化するのではなく、不要な作業をなくせないか、複数の作業を統合できないかを検討します。
例えば、入力項目を統一することで転記そのものをなくす、リスクの低い案件は承認を簡素化する、といった方法です。
④ 顧客価値と事業成果で評価する
作業時間の削減だけでなく、回答までの時間、処理品質、顧客満足度、対応可能件数などの変化を確認します。
ここで初めて、業務改革がビジネスにどのような価値をもたらしたのかを評価できます。
コスト削減から、事業成長へ。
BPRという言葉から、業務効率化やコスト削減を思い浮かべる人は多いかもしれません。
しかし、私たちは、それだけではもったいないと考えています。
例えば、あるサービスで、契約申込から利用開始までに5営業日かかっていたとします。
業務を見直し、部門間の確認やデータ転記を減らすことで、これを1営業日に短縮できたとしたらどうでしょうか。
単に処理時間が短くなるだけではありません。
顧客は早くサービスを利用できるようになります。企業は契約後の離脱を減らせるかもしれません。担当者は、より多くの顧客への対応や提案活動に時間を使えるようになります。
もちろん、実際に売上や利益が増えるかどうかは検証が必要です。
それでも、業務の改善が顧客体験を変え、その変化が事業成果につながるという可能性は見えてきます。
BPRの成果を評価するとき、削減できた工数だけを見るのではなく、顧客や事業にどのような変化が生まれたのかまで確認する。
それが、ビジネスを成長させるBPRに必要な視点ではないでしょうか。
デザインは、業務改革に何をもたらすのか。
業務改革では、業務フローやシステム構成、データの流れを整理することが一般的です。
しかし、それだけでは見落としてしまうことがあります。
例えば、担当者がシステムに入力された情報を信用できず、別のExcelで確認しているとします。
その作業だけを見れば、二重管理という非効率な業務です。
しかし、なぜその確認が必要なのかを聞いてみると、過去にシステム上の情報と実態が一致しなかった経験があるのかもしれません。
この場合、Excelを廃止するだけでは問題は解決しません。
必要なのは、データの正確性を担保する仕組みや、担当者が安心して判断できる環境をつくることです。
ここに、デザインが持つ「人の行為を観察する」という視点が活きてきます。
業務を単なる処理の連続としてではなく、人が判断し、行動する体験として捉える。
そして、業務の専門家やエンジニア、事業責任者とともに、よりよい仕組みを考えていく。
BPRにおけるデザインの価値は、業務を美しく整理することではなく、人がよりよく判断し、行動できる構造をつくることにある。
私たちは、そう考えています。
画面の外にこそ、変えるべきものがある。
AIやデジタル技術によって、既存業務を効率化する手段は増えています。
しかし、どれほど優れた技術があっても、そもそも不要な業務をそのまま自動化してしまえば、本質的な変革にはつながりません。
何を自動化するのか。
何をなくすのか。
そして、何のために業務を変えるのか。
こうした問いを立て、顧客や従業員の体験から業務のあり方を考え直すこと。
今回のDesignshipで紹介された実践は、デザインがこうした領域にも関わる可能性を示していたように感じます。
優れた顧客体験は、優れた画面だけでは完成しません。
その裏側にある業務、システム、組織、そして人の行動まで含めて考えること。
そこに、これからのBPRとデザインが交わる可能性があります。
そして、こうした取り組みを通じて、デザインがビジネスの意思決定にもっと自然に関わるようなっていくのだと考えます。
こうした「目に見える課題の奥にある、本当の問題を捉える」という視点は、業務改革に限った話ではありません。
FeatUのSpotlightでご紹介するPRAXTAの内堀さんの取り組みにも、デザインを単なる制作としてではなく、課題の背景や人の行動から考える姿勢が見えてきます。
デザインがビジネスに関わるということは、必ずしもデザイナーが経営や業務のすべてを担うことではありません。
異なる専門性を持つ人たちが、それぞれの視点を持ち寄り、課題そのものを捉え直すこと。
そうした実践が、デザインの可能性を広げていくのだと思います。
※PRAXTA 内堀さんのSpotlight記事はこちら
会社を変えるのは、システムではなく人。 PRAXTA代表・内堀公章氏が語る「変革を実装する」という仕事 | Story | デザインの思考 | FeatUFeatUは、デザインを信じる人が、集う場所。デザインの思考やプロセスを共有し、対話を通じて新しいつながりや共創が生まれるコミュニティです。参考|Designship 2026
- 2026年10月10日|Main Stage
「AIの先へ。シン工場とシン素材から日本を再起動するデザイン」
公益社団法人日本インダストリアルデザイン協会(JIDA)/村田 智明 氏
AIの先へ。シン工場とシン素材から日本を再起動するデザイン | Designship 2026生成AIが制作工程を置き換え、デザイン会社の経営にも不安が広がる今、デザイナーの役割はどこへ向かうのか。日本企業に残る「エクセル・バケツリレー」と意思決定の遅さを、行為のデザインとBPRの視点から読み解く。さらに、Factory Pride Associationの活動、開かれた工場づくり、世界を支える日本の素材技術を紹介。DXやソフトウェア領域で培った観察・構造化・体験設計の力を、工場と素材の価値創造へ広げ、日本のものづくりを再起動する可能性を提案する。 - 2026年10月10日|Main Stage
「早く、正しく、安心を届けるために。事故調査の現場でデザインが変えたこと」
SOMPOホールディングス株式会社/原口 紘一 氏
早く、正しく、安心を届けるために。事故調査の現場でデザインが変えたこと | Designship 2026損害保険会社は、事故や災害で損害を受けたクルマに対し、契約内容に基づいて保険金をお支払いします。その支払われる保険金は多すぎても少なすぎてもいけませんし、お支払いに時間がかかるのも望ましくありません。クルマの損害額は資格を持つ専門職が査定しますが、デジタル環境が整備されているとは言い切れません。クセのある基幹システム、ツールの増加に伴う「デジタル疲れ」...。さらに高齢化や人材不足といった、課題もついてまわります。今回はそういった状況をデザインの力で打破したお話ができればと思います。 - Designship 公式サイト
Designship 2026 | 日本のデザインを接続する、年に一度のデザインカンファレンス「Designship 2026」は、2026年10月10日・10月11日に東京ミッドタウンで開催されます。各分野の第一線で活躍するデザイナーが知見と想いを交わす日本最大級のデザインカンファレンスをお楽しみに。※本記事はDesignship 2026のセッションおよび取材メモをもとに、FeatU独自の考察を加えたものです。本文中の業務例や数値は説明のための仮想例であり、登壇企業の実績を示すものではありません。